椛楽と奏葉へ -娘達に残す父からの手紙-

父がどのような想いで君たちを育てているか、ここに記します

僕の考え:動機付けについて

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子育てをするにあたり、「なかなか子どもにやる気が出てこないから、進歩しないんだよなあ」というような声を聞くことがあります。

 

僕の持論は、まず「やる気」ありきではありません。まず「やる気」がある方が不思議だと思っています。何か外的要因(きっかけ)があって、「やる気」が芽生えるのではないでしょうか。本人の「やる気」を問う前に、やる気が出るようなきっかけを与えられているかどうか、そちらの方が問題ではないでしょうか。

 

その思想がずーっと染みついているのには、自身の体験があります。僕は、中学までは毎日勉強する習慣もありませんでしたが、成績はいつも学年でTOP5には入っていました。しかし高校に行き、勉強のレベルも上がり、周りも同じようなの学力の学生ばかり。そんな中、同じような生活をしていても良い成績は取れませんでした。どんどん勉強がわからなくなり、何がわからないのかもわからなくなりました。いわゆる劣等生です。学年WORST5くらい。

 

こうなって初めて、疑問が生まれました。「なぜ、勉強しなければならないのだろう。」 古文や漢文、微分積分、二酸化マグネシウム坂上田村麻呂…。これを覚えることは将来何の役に立つのだろうか。劣等生になって初めて思ったことではありますが、これって本質だと思うんですよね。

 

先生との個人面談のときに、率直に聞いてみました。「なぜ勉強するのかわからない」と。そのときの先生の返答は、このようなものでした。「勉強ができない子はみんなそういうの。勉強ができるようになったらそんなこと思わないから、勉強しなさい。」

 

当然ながら、全く納得できませんでした(今考えると、こういう管理教育をずっとされていたんだなあと理解できますが)。全くやる気も湧かず、ずっと劣等生のまま高校生活は終わりを迎えます。

 

特に何をしようとも決めていなかったので、浪人することにしました。高校三年生終わりの春、予備校の春学期に通わせてもらっていた僕は、ある予備校の先生の言葉に心を打たれました。これから大学受験を迎える学生に向けたエールだったのですが「大学時代というのは自由だ。一番時間があるときだ。これはどういうことだろう?そう思ったら、それを一日中調べていたっていい。この受験に打ち勝って、是非有意義な大学生活を…」みたいな言葉でした。今でも鮮烈に覚えています。

「大学で、本当の教育とはなんだろうということを考えてみたい」僕はそう思いました。「勉強内容については納得いかないけれど、大学行くためにそれが必要なら仕方ない。大学行けるように勉強しよう」ここから受験勉強が始まりました。それなりに必死にやりました。その結果、偏差値38→70を超えるまでになり、大学生になれました。

 

この体験が、現在まで続く僕の教育哲学やマネジメント手法などに大きな影響を与えています。

 

吉田松陰は、2年半しか開催していなかった松下村塾にて、多くの英雄を輩出しました。教えた期間が短いので、教えられた内容も少なかったことでしょう。しかし彼の哲学を読んで、僕は感銘を受けました。

『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』によると「松陰は、いかに生きるかという志さえ立たせることができれば、人生そのものが学問に変わり、あとは生徒が勝手に学んでくれると信じていた」と。動機を磨き上げたことで、高杉晋作久坂玄瑞桂小五郎伊藤博文山県有朋らは自ら学び行動し飛躍していったと。

 

坪田信貴さんも、著書『才能の正体』の中で、「はじめからやる気なんて存在しない。あるのは動機付けだけ」というような表現をされていました。僕も大いに賛同します。 

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